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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)143号 判決 1994年10月27日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求の趣旨

一  被告東京税関長が平成四年九月九日付けで原告に対してした原告の輸入申告に係る写真集「ROBERT MAPPLETHORPE」一冊が輸入禁制品に該当する旨の通知を取り消す。

二  被告国は、原告に対し、一一五万円及びこれに対する平成四年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告東京税関長が、原告の輸入しようとする写真集が風俗を害すべき物品と認められるとして、関税定率法(以下「法」という。)二一条一項三号所定の輸入禁制品に該当する旨の通知をしたため、これを不服とする原告が、法の右規定は憲法二一条に反し無効であり、また、右写真集は風俗を害すべき物品に当たらないとして、右通知の違憲・違法を理由に、被告東京税関長に対し、右通知の取消しを求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法に基づき慰謝料等の損害の賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実等(証拠により認定した事実は、末尾に証拠を掲げた。)

1  原告は、米国において、写真集「ROBERT MAPPLETHORPE」一冊(以下「本件写真集」という。)を購入し、平成四年八月七日、他の書籍等とともに貨物として原告の経営する株式会社エルデの事務所宛てに発送し、自らが鑑賞する目的で本件写真集を輸入しようとした。

本件写真集は、米国ニューヨーク州ニューヨーク市所在のホイットニー美術館が昭和六三年七月から一〇月にかけて米国人の写真家ロバート・メイプルソープ(以下「メイプルソープ」という。)の回顧展を開催した際、その展示作品のカタログとして刊行されたものであり、その内容は、人物の顔、男性又は女性の裸体、花や彫刻等を撮影した写真、数枚の写真を切り貼りするいわゆるコラージュの手法を用いた作品などと、メイプルソープの作風等に関する英文の評論等によつて構成されており、そのうちの別表記載の箇所には、同表記載のとおりの内容の男性の性器や女性の陰毛等が写つた写真が掲載されている。

2  貨物を輸入しようとする者は、当該貨物の品名並びに課税標準となるべき数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し(関税法六七条)、当該貨物が申告されたとおりの品名、数量、課税標準等であるかどうか、他の法令の規定により輸入に関して許可、承認あるいは検査の完了等が必要とされる場合に、それらの必要事項の証明等がされているかどうか(同法七〇条)、原産地を偽つた表示等がされていないかどうか(同法七一条)、関税等を納付したかどうか(同法七二条)、当該貨物が輸入禁制品に当たるかどうか(法二一条一項)といつた点について必要な検査(以下「税関検査」という。)を経て、税関長から輸入の許可を受けなければならないこととされている(関税法六七条)。

右検査に際し、税関長は、当該貨物が、法二一条一項各号の輸入禁制品のうち三号所定の「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」(以下「三号物品」という。)に該当すると認めるのに相当の理由があると判断したときは、当該貨物を輸入しようとする者に対し、その旨を通知しなければならないとされており(法二一条三項)、右の通知がされた場合には、以後、当該三号物品についての通関手続は進行せず、輸入申告者は、これを適法に保税地域から引き取ることができなくなり(関税法七三条一項、二項、一〇九条一項)、その後は、輸入申告者の自主的判断に基づいて、所有権の放棄、積戻し、当該物品中の公安又は風俗を害すると指摘された箇所の削除等により処理されることが予定されている。

3  被告東京税関長は、平成四年九月九日付けで、原告に対し、本件写真集は、風俗を害すべき物品と認められ、三号物品に該当する旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をした。

これに対し、原告は、本件写真集は個人が鑑賞する目的で輸入されるものであるから風俗を害するおそれはないなどとして、平成四年一一月二日、被告東京税関長に異議申立てをしたが、同年一二月一七日、右申立ては棄却された。

原告は、さらに平成五年一月一四日、大蔵大臣に対して、審査請求をしたが、同年四月五日、右審査請求も棄却された。

三  争点

1  本件通知処分の根拠法規である法二一条一項三号、同条三項の規定は、次の(一)ないし(三)の点において、憲法二一条に違反するかどうか。

(一) 法二一条一項三号、同条三項は、憲法の禁止する「検閲」に当たり、憲法二一条二項前段に違反する。

(二) 法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき」との文言は著しく不明確であり、このような基準による輸入規制は憲法二一条一項に違反する。

(三) 単なる所持目的の場合を含め一律に輸入禁止を定める法二一条一項三号は、表現の自由に対する過度に広汎な規制であり、憲法二一条一項に違反する。

2  本件写真集は、法二一条一項三号所定の「風俗を害すべき」物品に該当するかどうか。

四  争点に対する当事者の主張

1  争点1に関する当事者の主張

(一) 原告の主張

(1) 税関検査の検閲該当性について

三号物品について税関検査による輸入規制を定めた法二一条一項三号、同条三項は、税関長に対して、輸入出版物の表現内容を強制的に検査し、国内における公表を禁止する権限を与えたものであるから、公権力による表現の自由に対する事前抑制であり、憲法二一条二項前段が絶対的に禁止する「検閲」に当たる。したがつて、法二一条一項三号、同条三項の規定は、憲法二一条二項前段に違反し、無効である。

(2) 「風俗を害すべき」との文言の明確性について

「風俗」という用語は、性的風俗のみならず、社会的風俗、宗教的風俗等をも意味する多義的で不明確な文言であるから、法二一条一項三号の「風俗を害すべき」との規定の中に猥褻表現物が含まれると解することが可能であるとしても、それ以外に右規定による規制の対象として何が含まれるかは、右文言から明らかとはいえない。また、仮に右規定を「猥褻な書籍、図画等」の意味に限定解釈するとしても、「猥褻」の文言自体、十分にその意味が明確であるとはいえず、その適用の基準が明らかとはいえない。したがつて、右規定は、表現の自由を規制する法令の文言として不明確に過ぎるといわなければならず、憲法二一条一項に違反するというべきである。

(3) 輸入規制の過剰性について

憲法二一条一項は、国民がいかなる情報を受領するかにつき、国家権力による介入を受けないことをも保障していると解すべきであり、したがつて、猥褻表現物についても、個人が自分で鑑賞するためにこれを所持することは規制されてはならない。頒布・販売等を目的とする猥褻表現物の輸入を規制することはやむをえないとしても、単なる所持目的で猥褻表現物を輸入することまでを禁止することは許されないというべきであり、法二一条一項三号が個人的鑑賞のために所持することを目的とする場合を含めて一律に「風俗を害すべき」物品の輸入を禁止しているのは、表現の自由に対する過度に広汎な規制を行うものとして、憲法二一条一項に違反するものである。

(二) 被告らの主張

(1) 税関検査の検閲該当性について

憲法二一条二項前段にいう「検閲」は、思想内容等の表現物の全部又は一部の発表の禁止を目的として、網羅的一般的に、発表前にその内容を審査し、不適当と認めるものの発表を禁止することを指す趣旨と解されるところ、税関検査は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理を目的として、貨物の外観、性状、数量、価格等の検査を行うものであり、三号物品該当性の検査も、当該貨物がその外観、性状からみて公安又は風俗を害すべき物品であるかどうかを検査するものであるから、三号物品に関する税関検査は、当該貨物に含まれる思想内容それ自体を網羅的に審査し、その伝達を規制することを目的とするものではなく、憲法二一条二項前段にいう「検閲」に当たるものではない。

(2) 「風俗を害すべき」との文言の明確性について

表現の自由を制限する法規がその文言の不明確性のゆえに憲法二一条一項に違反することになるかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合にその規定の適用を受けるか否かの判断を可能にする基準が読みとれるかどうかによつて決すべきである。しかるに、法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等が専ら性的風俗を害する猥褻な書籍、図画等を指すことは、一般人も理解することができるし、その「猥褻」という法概念も、刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄積によつて明らかにされているのであつて、同号における「風俗を害すべき」との文言は、表現の自由を制限する法規の文言として不明確なものとはいえず、同号は憲法二一条一項に反しない。

(3) 輸入規制の過剰性について

三号物品に関する輸入規制は、猥褻な物品がみだりに国内に流入し流布することを防止することによつて、国内における健全な性的風俗の維持という公共の福祉の実現を図ることを目的とするものである。そして、仮に、税関検査において、個人的鑑賞のために所持する目的で行う猥褻物品の輸入を禁止することができないとすれば、もともと、そのような所持目的を的確に把握することが困難である上、国内流入後に当初の所持目的が変わらない保障もないことから、結局は、猥褻な物品が頒布・販売されたり、廉価で精巧な複製物が作成されて流布、拡散される蓋然性が極めて高く、輸入規制の実効性が失われることとなる。

したがつて、法二一条一項三号が、単なる所持目的の場合を含め、一律に猥褻な物品の輸入を禁止していることは、国内での猥褻物品の流布を防止して健全な性的風俗を維持するという公共の福祉の実現のために必要不可欠な制限であつて、過度に広汎な規制には当たらず、憲法二一条一項に反するものではない。

2  争点2に関する当事者の主張

(一) 原告の主張

(1) 憲法二一条による表現の自由の保障の趣旨に鑑みれば、「猥褻」な文書、図画とは、いわゆる春本、春画に限定して解すべきであり、本件写真集はいわゆる春本、春画に当たらないから、猥褻なものとはいえない。

仮にそうでないとしても、猥褻性の判断基準とすべき社会通念は時代の変遷によつて変容するものであるから、性表現の流布の程度、一般人の性表現に対する慣れや受容の程度、捜査機関等による放任の程度などを資料として、わが国の一般社会において性表現が許容される目安を探り、これを基準として猥褻性の有無を判断すべきである。現在、わが国では、いわゆるヘア・ヌード写真集が相次いで出版されるなど、性器や陰毛を表現した多数の写真、雑誌、フィルム、ビデオ、絵画、学術書等が公然と展示・頒布・販売されるようになり、性表現に対する社会通念は大きく変化し、普通人は性器や陰毛が表現されている写真等に接することに特段の抵抗感を感じなくなりつつある。本件写真集についても、これと全く同一内容の輸入書籍が、何ら修正を施されることなく、警察などによる捜査や指導を受けることもないまま、公然と国内の書店の店頭において販売され、また、被告が猥褻であると指摘する別表記載の写真の一部は、すでに国内で出版された他の書籍に掲載されて公表されている。このように変化しつつあるわが国の現在における社会通念に照らせば、本件写真集は、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめるものでも、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するものでもなく、猥褻なものとはいえない。

(2) 本件通知処分は、本件写真集の中の写真を個別的に判断し、猥褻な部分があれば、それをもつて本件写真集全体を猥褻であると判断するものであるが、文書の部分的な判断からこれを猥褻と決め付けることは、当該文書の有する社会的価値を評価することなく圧殺することになるから許されないというべきであり、猥褻性の判断は、当該文書が全体として有する科学・芸術・学問その他の憲法上保障される社会的価値を考慮して行われなければならない。しかるに、メイプルソープは、黒人男性のヌードを撮影した写真によつて美術評論家等から注目されるようになり、昭和六三年に死去するまでの約二〇年間、写真を用いた現代美術の第一人者として高い評価を得て活躍した写真家で、その作品は高い芸術性を有するものであり、殊に、本件写真集は、同人の初期から後期までの写真を総覧したもので、同人の写真芸術の全体像を概観するための貴重な資料であつて、全体として芸術的価値を有するから、猥褻な物品には当たらないものである。

(二) 被告らの主張

(1) 法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図面等をいい、猥褻とは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反することをいうとするのが判例であるが、本件写真集中、別表記載の各写真は、同表記載のとおり、露出した男性の性器、勃起した男性の陰茎を生々しく露骨に撮影したものや、仰向けになり股を広げている女性の陰部に男性が顔を押しつけ性的な愛撫を行つている状態を撮影したものなどであつて、社会通念に照らし猥褻性を有することが明らかであり、これらの猥褻な写真等を編綴した一冊の書籍である本件写真集は全体として猥褻性を有するといわざるをえない。

(2) 原告は、近時、わが国において、性器や陰毛を表現した写真等が多数、流布していること、本件写真集と同内容の輸入書籍が取締りを受けることなく国内の書店の店頭において販売されていることなどを根拠に、本件写真集は、現在のわが国における社会通念に照らして猥褻とはいえないと主張するが、ある性表現が長期間取締りの対象とされず、一般人が特段の抵抗感を感じないでこれに接するような状況になつたとしても、そのことと、一般社会における良識たる社会通念において、その性表現を許容するとの価値判断がされるかどうかということとは別個の問題であるし、また、本件写真集と同一内容のものが国内において販売されていたとしても、そのことによつて本件写真集が猥褻でないとの結論が導かれるものではなく、現時点におけるわが国の社会通念に照らせば、本件写真集に掲載された別表記載の各写真は、明らかに猥褻なものというべきである。

(3) なお、猥褻性と芸術性・思想性とは次元を異にする評価であるから、仮に当該書籍、図画等に芸術性があるとしても、猥褻性の有無は、作者の主観的意図に影響されることなく、純客観的に判断されなければならないのであつて、本件写真集に芸術的な価値があるかどうかは、その猥褻性の判断と無関係である。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  税関検査の検閲該当性について

三号物品に関する税関検査による輸入規制の手続は、前記(事案の概要二の2)のとおりであり、これによれば、書籍、図画等の物品について三号物品に該当する旨の法二一条三項による通知がされた場合には、当該物品を適法に輸入することができなくなるため、当該物品に含まれる思想内容等がわが国内において表現、伝達される機会が失われる結果となることは否めず、したがつて、右の輸入規制は、その限度で、表現を事前に制限するという側面を有するものであるということができる。

しかしながら、憲法二一条二項前段が例外を許さず絶対的に禁止している「検閲」とは、表現を何らかの形で事前に抑制するもの全てを意味するわけではなく、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを意味すると解するのが相当である(最高裁判所昭和五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁)。

これを三号物品に関する税関検査についてみると、税関検査を実施する税関は、関税の確定・徴収を本来の職務とする機関であつて、専ら輸入貨物の課税標準、税額等を確認・決定するという見地から、広く輸入される貨物の全般を対象として、その数量、価格、他の法令の規定により必要とされている許可、承認等の有無、原産地表示の正確性等の事項を検査するものであり、ある貨物が三号物品に該当するかどうかの審査も、右のような検査手続の過程で物品の外観・性状などから容易に判定しうる限りにおいて行われるにすぎず、思想内容等それ自体を網羅的一般的に審査し規制することを目的とするものではないということができる。したがつて、三号物品に関する税関検査は、憲法二一条二項前段において禁止されている「検閲」には当たらないというべきであり(前掲最高裁大法廷判決)、右税関検査の憲法二一条二項前段違反をいう原告の主張は理由がない。

2  「風俗を害すべき」との文言の明確性について

原告は、法二一条一項三号の「風俗を害すべき」との文言は表現の自由を規制する法令の文言として不明確に過ぎ、右規定は憲法二一条一項に違反する旨主張する。

確かに、「風俗」なる文言は、一般には、性的風俗のみならず、社会的風俗、宗教的風俗等を含むものではあるが、しかし、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等というときは、性的風俗を害すべきもの、すなわち猥褻な書籍、図画等を意味するものと解することができるのであつて、法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき」との文言についても、これを合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」は専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるということができるから、右規定は何ら明確性に欠けるものではない。そして、猥褻性の概念は、刑法一七五条の規定の解釈に関する判例の蓄積によつてすでに明確にされているから、一般国民は、法二一条一項三号における「風俗を害すべき」との文言によつて、いかなる表現物がその規制の対象となるかを判断することができるのであつて、右規定は、この点においても明確性の要請に欠けるところはなく、憲法二一条一項に反するものではないというべきであり(前掲最高裁大法廷判決)、原告の前記主張は理由がない。

3  輸入規制の過剰性について

わが国内における健全な性的風俗を維持、確保することは公共の福祉の内容をなすものであつて、猥褻な物品がわが国内に流入し流布することを阻止する目的でその輸入を規制することは、その目的において公共の福祉に合致するものであるということができる。もつとも、わが国内においては、猥褻物品の頒布、販売及び販売目的の所持等が処罰の対象とされるにとどまり(刑法一七五条)、単なる所持は処罰の対象とされていないことからすると、猥褻物品の輸入行為であつても、単なる所持のみを目的とする輸入であり、国内において猥褻物品に関する可罰的行為が行われないことが税関検査の時点で客観的に判定しうるのであれば、そのような場合まで当該猥褻物品の輸入を規制する必要はないということもできるが、税関検査において輸入者の輸入目的を的確に識別することは極めて困難であるばかりか、当初は個人的鑑賞のため所持することを目的として輸入された猥褻物品であつても、国内に流入した後に、可罰的行為に利用することは極めて容易であるから、当該猥褻物品が国内において頒布、販売されるおそれがないことを税関検査の段階で客観的に判定することは殆ど不可能であるといわなければならず、猥褻物品の国内への流入、伝播を阻止しわが国の健全な性的風俗を維持、確保するという目的を達成するためには、単なる所持目的かどうかといつた輸入者の主観的意図のいかんを問わず一律に猥褻物品の輸入を規制する必要があるというべきであつて、右の輸入規制は、原告の主張するような過度に広汎な規制には当たらず、憲法二一条一項に反しないというべきである。

4  右のとおり、本件通知処分の根拠法規である法二一条一項三号、同条三項の規定は、憲法二一条に反するものではない。

二  争点2について

1  法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、前記のとおり、猥褻な書籍、図画等を指すと解すべきであるところ、猥褻とは、いたずらに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反することを意味するものであり(最高裁判所昭和二六年五月一〇日第一小法廷判決・刑集五巻六号一〇二六頁、同昭和三二年三月一三日大法廷判決・刑集一一巻三号九九七頁)、原告が主張するようないわゆる春本、春画に限られるものではない。

ところで、写真は、視覚を通じて観る者に直接訴える表現物であるが、その猥褻性を判断するにあたつては、性に関する描写の程度とその手法が露骨で具体的なものかどうか、その描写が画面全体に占める比重、画面の構成、芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度などの諸々の点を総合して、当該写真を全体としてみたときに、主として観る者の好色的興味に訴えるものと客観的に認められるか否かを検討することが必要であり、右猥褻性の判断は、一般社会における良識である社会通念を基準として行われるべきである。

2  そこで、本件写真集の猥褻性の有無について検討する。

検乙第一号証(本件写真集)の検証の結果によれば、本件写真集中、(一) その二二頁の写真(別表番号2)は、向かつて右側の寝そべつた姿の男性の太腿の方向から陰茎及び陰嚢が近景になるように画面構成された写真であり、その男性性器の露骨な描写と、裸の男性同士がわずかに舌を出して接吻を行う姿とが相俟つて、男性同士の性行為に関する好色的興味に訴えるところがあるというべきであり、(二) その四九頁の写真(別表番号3)は、臀部と前部とが大きく開口した革のズボンを着けた上半身裸の男性(頭部は被写体となつていない。)が、その陰茎と陰嚢を布貼りの台の上に乗せている写真であつて、右陰茎等を画面中央に目立つように画面構成し、男性性器を露骨に描写しているものであり、(三) その六六頁の写真(別表番号4)のうち二枚の写真は、寝そべつた男性が勃起した自らの陰茎を左手に握つている状態を、その陰茎と下腹部のみを被写体として撮影した写真であつて、自慰行為を連想させるものというべきであり、(四) その七五頁の写真(別表番号5)は、臀部等が大きく開口した革のズボンと革のベストを着けた男性が、鞭の柄を自らの肛門に挿入している姿を被写体とし、写真中央に鞭の柄が突き刺さつた肛門部分が配置された写真であつて、鞭のような他傷道具を使用する性戯や肛門性交を連想させるものというべきであり、(五) その九五頁の写真(別表番号6)は、背広姿の男性(被写体となつているのは胸から腿まで)がズボンの前開き部分から出した陰茎を画面中央に配置した写真であり、その一〇五頁の写真(別表番号7)は、全裸男性の腰から膝までを横から陰茎を中央に配置する形で撮影した写真であつて、いずれも極めて露骨に陰茎を強調するものであり、(六) その一〇七頁の写真(別表番号8)は、ガーターベルト、ストッキング、パンプス、コルセットのみを身につけ、大きく両足を広げて陰部を突き出している仰向けの女性(顔は被写体となつていない。)に対し、男性が女性の陰部に顔面を押しつけるようにして性戯を行つている姿を、男性の頭部が中央になるように撮影した写真であつて、男女間の性行為に関する好色的興味に訴えるものであり、(七) その一六一頁の写真(別表番号13)は、両手両足を広げた全裸の男性が下を向いて自己の性器を見ている姿を撮影したもので、その性器が画面中央に目立つように画面構成され、男性性器を露骨に描写したものであることが認められる。

右認定したとおり、右(一)ないし(七)の各写真(別表番号2ないし8、13の各写真。以下「本件各写真」という。)は、性器そのものや性戯等を露骨かつ具体的に描写するものであり、その描写の画面全体に占める比重、画面の構成などからしても、殊更に性器そのものを強調し、性器あるいは性戯の描写に重きが置かれていることは明らかであつて、その芸術性との関連性を考慮してもなお、現時点におけるわが国の健全な社会通念に照らし、主として観る者の好色的興味に訴える効果、作用を有するものと認められ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反する猥褻なものといわなければならない。

3  原告は、現在、わが国においては、本件写真集と同一内容の輸入書籍を含め、性器や陰毛を表現した多数の写真、雑誌、ビデオ等が公然と展示・頒布・販売されるようになり、性表現に関する社会通念は大きく変化しつつあるから、このような現在の社会通念を基準にすれば、本件写真集は猥褻なものといえない旨主張する。

そして、《証拠略》によれば、(一) 平成三年頃以降、わが国において、いわゆるヘア・ヌードと称される女性の陰毛が隠されないままで撮影された女性ヌード写真が、写真集や週刊誌に掲載されるようになつたこと、(二) 平成四年一二月頃、東京都内の書店の洋書売り場に本件写真集と同一内容の輸入書籍が陳列・販売されており、原告は同書店で、右書籍を平成五年四月と七月と九月に各一冊ずつ購入したこと、(三) また、東京都内の他の書店の洋書売り場には、やはり露出した男性の性器を撮影した写真等が掲載されているメイプルソープの写真集「BLACK・BOOK」と「MAPPLETHORPE」が陳列・販売されており、原告はこれらの写真集も購入したこと、(四) 右「BLACK・BOOK」には、本件写真集の別表番号6、7、10ないし12の写真と同一の写真が、また、右「MAPPLETHORPE」には、同じく別表番号3、6ないし9、13の写真と同一の写真が、それぞれ掲載されていること、(五) また、本件写真集中、別表番号5、8、9、11の写真が、わが国において出版された書籍や写真雑誌等に掲載されていること(ただし、掲載された写真の大きさは本件写真集のそれと同一ではない。)が認められる。

しかしながら、近時、巷間に流布しているいわゆるヘア・ヌード写真は、女性の性器それ自体や性戯そのものを露骨かつ具体的に撮影したものではないのみならず、このような写真による性表現が、現在、一般人の意識において健全な性的風俗に合致するものとして受容されているかどうかについても、多分に疑問の存するところである。ましてや、性器それ自体や性戯等の性行為そのものを露骨かつ具体的に描写した表現については、近時のわが国における前記状況を考慮に入れてもなお、一般人の意識において、健全な性的風俗に合致するものとして許容されるには至つていないというべきであり、前記認定のような本件写真集と同一内容のものが東京都内の書店で陳列・販売され、あるいは、本件で猥褻性があるとされる写真の一部が他の書籍等に掲載されて流布していることは、必ずしもそれらがその公然の陳列、頒布等を社会的に是認された猥褻でない表現物であることを意味するものと速断することはできない。ちなみに、甲第二五号証(写真集「ロバート・メイプルソープ展」の抜粋)及び弁論の全趣旨によれば、同写真集に掲載された各写真は、平成四年に日本国内の公立美術館で開かれたメイプルソープの展覧会で展示された作品であることが認められるところ、これによれば、日本国内における展覧会では、本件写真集中の別表記載の各写真のうち、前記2で指摘した性器そのものや性戯等を撮影した写真は展示されず、別表番号9の写真と同内容の写真が展示されるにとどまつたことが認められるのであつて、現在のわが国においては、性器や性戯そのものを露骨かつ具体的に描写した表現物は、美術館においてもその展示が憚られているのではないかとの事情を窺い知ることができる。

したがつて、既に説示したとおり、前記2で指摘した本件各写真が主として観る者の好色的興味に訴える効果、作用を有するものと認められる以上、原告が主張するように、近時いわゆるヘア・ヌード写真が掲載された写真集等が販売されていることなどの事実をもつて、本件各写真の猥褻性を否定することはできないというべきである。

4  原告は、本件写真集には芸術的価値があるから、猥褻なものとはいえないと主張するので、この点について検討するに、《証拠略》によれば、メイプルソープは、昭和二一年に生まれ、男性の裸体や性器などを被写体とした衝撃的な写真などで注目を浴び、昭和四〇年代後半から昭和六三年に死去するまでの約二〇年間、人間の性や肉体などをテーマとする作品を発表し、写真を用いた現代美術の第一人者として美術評論家等から高い評価を得て活躍した写真家であり、日本国内においても平成四年に同人の作品展が東京都庭園美術館その他の五つの公立美術館において開かれるなど、その名声は米国内にとどまらないことが認められ、また、本件写真集に掲載されている写真は、いずれも米国のホイットニー美術館で開催されたメイプルソープの回顧展に出展されたものであることは、前記(事案の概要二の1)のとおりである。

しかしながら、芸術性と猥褻性とは別異の次元に属する概念であるから、その作品の持つ芸術性が作品の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和することによつて、その猥褻性を否定することができない限り、その作品の芸術性や思想性等は、これを猥褻なものと判断することの何らの妨げにもならないというべきであり、本件においては、既に説示したとおり、前記2で指摘した本件各写真は、主として観る者の好色的興味に訴える効果、作用を有する猥褻なものと認められるのであつて、メイプルソープに対する評価や本件写真集の芸術的価値を理由に、その猥褻性を否定することはできない。したがつて、この点に関する原告の前記主張は理由がない。

5  以上検討したとおり、本件写真集のうち前記2で指摘した本件各写真は、いずれも普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反する猥褻なものと評価せざるをえないものである。そして、本件写真集は、右の各写真を掲載した箇所を含め、一冊の書籍として一体を成しているものであるが、このように掲載された写真の一部が猥褻性を有するときは、たとえ他の部分が何ら猥褻性を有しないとしても、それらが一冊のものとして編綴されている以上、本件写真集全体を法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき」物品として同条三項の通知の対象とすることができ、当該猥褻部分を削除するかどうかは輸入申告者の自主的判断に委ね、その後の通関手続を行わないとすることが許されるというべきである。

そうすると、猥褻な写真を含む本件写真集を法二一条一項三号所定の「風俗を害すべき」物品に当たるとして行われた本件通知処分は適法である。

三  以上の次第で、原告の請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰 均 裁判官 武田美和子)

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